意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


       12



この場は菊千代に任せ、
早く別動隊の方へ合流しなくてはならぬ身だというに、
彼らの佇むロビーから、
何となく離れがたかった七郎次だったのは。
大切なヴァイオリンを取り戻し、
やっとのこと安堵した二人なのが
遠目にもようよう判り。
その睦まじさがまた、
いつまでも眺めていたいような
可愛らしさだったからに他ならぬ。
嬉しくてしょうがないという笑みを
隠し切れない様子のコマチくんなのへ、
そちらもまた、
良かったなぁと心から喜んでいる菊千代なのだが。
恐らく直接逢うのは久方ぶりの彼らなのだろう、
ヴァイオリンよりも互いのお顔に見惚れっ放しで。
小柄な音楽少年は含羞みに口許が落ち着かぬようだし、
山科の女傑の方は方で、眩しそうに目許を細めてばかりいる。
いつもいつも
小さなコマチ坊をその鋼の体の肩へ乗っけていたキクチヨ。
ちょっぴりおませさんで、
大人げない言動の多い菊千代をお姉さんぶって始終窘めていたコマチ。
稚さや拙さは似たよなレベルの他愛なさ、童子同士のようでもあり、
それでいて誰にも諭せない頑迷直情なところもお揃いの、
それは呼吸の合っていた彼らが、
成程、そのまま復活したような構図でもあって。

 “コマチちゃんのほうが思い出してなくとも、
  いい雰囲気じゃあないですか。”

星の巡りや宿命なんてもの、信じてはない方だったけど。
人と人との巡り合わせというものは、
もしかしてあるのかも知れないなぁなんて。
ロマンチックな想いに はうぅとうっとりしかかっていたものの、

 “ああでも、その行く末まで同じじゃあ たまりませんよね。”

菊千代が柄になく憂えて見せたように、
決して幸せな終焉を迎えた訳ではない彼らでもあり。
とはいえ、今度は時代も背景も違うのだ、
そこまで一緒なはずはありますまいと。
変装に使ったサングラスをバッグに仕舞いつつ、
くるりと踵を返したところへ、
ロビーのフロント近くに立つ、勘兵衛の姿が視野へと収まる。
すぐにも向こうと合流せねばならず、
こちらの首尾を待っていた彼なのだろうけれど、

 “……。”

どうしてだろうか、いつもの暖かいときめきと共に、
今日は別な感慨も涌き起こっては、この胸を塞ごうとする。
存在感のある精悍さや重厚さ、
彼を象(かたど)る見目も風格も、
その身で経て来たあれこれが培ったものであり。
特に今世では、
自分が傍らにいなかった時間の方が長いお人なんだなぁと、
何故だろうか、今になってそんなこと思い出してもいる七郎次で。

 “もしもアタシが思い出せなかったなら、勘兵衛様はどうしたんだろ。”

平八や久蔵に出会ったことで、
頭の中や感覚の端々へ少しずつ浮かんで来たのが、
あの苛酷な時代にも生を受けていた身だったという記憶で。
自分の身の上とか、当時ともにいた人が今もたまたま周囲にいること、
何とはなく思い出し始めていたそのときに、
勘兵衛もまた、今現在の関係者の中におり。
七郎次が彼を慕っていた気持ちごと思い出したこと、
面映ゆそうにしつつも受け入れて下さったのではあったけれど。

 “思い出さない方が良いなんて、
  菊千代みたいなことを思っていたのかなぁ?”

そんなこんなと思うことまで顔には出さず、
誤魔化し半分、口元や頬へほのかに笑みを浮かべて駆け寄れば。

 「向こうも何やらにぎやかな運びになっているらしいぞ?」

平八や久蔵と同行中の征樹が“至急来てほしい”と、
何へ音を上げたか救援のメールを寄越したこと。
苦笑混じりに話してくれたのへ、
あれまあと朗らかに笑ったのも、
特に気張って“して見せた”訳ではなかったのにね。

 「………シチ?」

間近に寄った、元御主様。
周囲の軽やかなざわめきの中へ紛れさせるよな、
静かな囁きを、一つ、くださって。
名を呼ばれただけ、
語尾に少しだけ、案じるような気配があったかな?
こちらからも“???”なんて小首を傾げれば、
何でもありませんが…何か気になりましたか?と、
はぐらかし半分、だがだが、
そのくらいに何でもないことだという
十分なお返事にもなってたはずなのにね。

 「…………。」

かっちりと頼もしい上背を、心持ち傾けて来られたので。
内緒話でしょうかと、ますますのこと小首を傾げておれば、
ふさりと肩口からすべり落ちて来た、豊かな髪の陰、

 「…… 儂はお前へは
  言葉が足らぬときがあるらしいのでな。」

そんな風に囁きを重ねて下さって。

 「…勘兵衛様?」

え?え?え? どういうこと?と、
間近になった深色の眼差しを見つめ返す七郎次だ。
お忙しくとも逢える時間を作って下さる。
一緒にいるときはいつも、
こちらから気持ちを逸らさずの、
ひょいと瞳を覗き込むような悪戯とかされて、
こちらをどぎまぎさせても下さる。
事件に発展しそうな危険なとっぴんしゃんをやらかすと、
さすがに眉間へしわを寄せて叱りもするが、
それ以外へはいつだって
微笑ましいなと見やってて下さるのに…

 「………。」
 「…しち?」

 「……ずるいです、勘兵衛様。///////」

あのね、時々。
ゴロさんといつも一緒にいられるヘイさんや、
兵庫さんと学校でも逢える久蔵が。
時々の 少しのたくさん、
ちょっぴりをとってもいっぱい分、
うらやましいなぁって思ってた。
ああ、今みたいにね。
勘兵衛様の匂いとか息遣いとか、
頬に感じる僅かな温みとか視線の気配とか。
ここにおいでなんだっていう当たり前の色々に
いちいちドキドキなんてしなくてよくて。
こっちから飛びつくのは問題ないって受け止めてくれるくせに、
ゴロさんたら向こうからは触ってくれない…とか。
いつものオレンジのフレグランス、
一度メーカーを替えたみたいで。
あれって何でなのか兵庫から聞き出せないものかなぁ…とか。
そんな贅沢な親しさを培ってる彼女らが、
何だか時々、うらやましくてうらやましくて。


   ………でもね? あのね?


  「……しち。」


  勘兵衛様には似合いの、
  大変でお堅い職種に就いたんですもの、
  何かと“時々”なのはしょうがないし


   「……すまぬな。」


  あのね? そいでね?////////
  時々だからこそ、
  何でもないことが特別になるって知ってた?

  吐息が触れるほど間近にいてくれて。
  胸の裡を見透かされたと、
  真っ赤になってしまったの、
  落ち着くまで見守っててくれて。


  それから………あのね?


  「…………。/////////」


チェックインが立て込む時間にはまだ間がある頃合い。
結構な人波が行き交う場所柄ではあるものの、
都会の人はそうそう、他への関心は寄せぬもの。
余程に暇を持て余してでもない限り、
自分の予定優先で、視線もそちらへ向いたまま。


   よって


何に胸が騒ぐのか、
夢見るような水色の双眸、
切なげに揺らし、
白い手を胸元へと重ねて立ち尽くしていた美少女へ。
結構な体格の偉丈夫が、
まるで楯になるよに寄り添っていたのだが、

  その可憐な少女を懐ろへと招きいれ、
  ちょっぴり身をかがめたかと思う間もなく、
  そりゃあ唐突に
  そりゃあ鮮やかにキスをしても。

誰も見とがめなかったか、
歓声や嬌声が沸き起こるようなことはなかったのが。


  『あれって、本当にキスだったのかなあ?////////』
  『じゃあ、なんだっていうんですか?』
  『………。(頷、頷)』


時々 物凄い爆弾級の、
しかも誇張がないだけに純度100%という
どんな突っ込みも合いの手も挟まりようのない
ドラマチックでロマンチックで、
最強のお惚気や報告をしてくれる白百合さんへ、
あとの二人がどれほどのこと、
羨ましいなぁ…と閉口することか。

五郎兵衛さんや兵庫さんから
勘兵衛さんへの苦情や愚痴が飛ばぬのは、
きっと優しさ………よりも、
男としての見栄が働いてのことかもね?
(こらこら)




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